小児脳腫瘍の治療に欠かせない集学的治療

大阪市立総合医療センター副院長  原 純一

集学的治療をこえて

集学的治療をこえて思い起こせば、私達がこどもさんの脳腫瘍に関連するようになったのは1994年、14年前のことです。当時はこどもの脳腫瘍など、ほとんど関心を集めることなく、細々とどこか知らないところで治療されているというのが、実際の感じだったのですね。我々、小児科側の人間からしますと、脳腫瘍のお子さんというのは本当の終末期になって小児科の病棟に入院されてきて、そこから意識も無いような状態で数ヶ月の間、付き合っていくというのが我々の認識だったわけです。したがって、当時は脳腫瘍が治る病気であるという認識すらほとんど無いような状態だったわけで、実際に脳外科の先生からは、最初はよくなっても必ず再発すると言われるような状況だったわけです。しかし、実際に治療をしていくと、”絶対”どころか、ほとんど再発しないし、治る人は治るということが分かってきたわけです。でもその当時は晩期合併症などという発想もほとんど無かったと思います。そのため、当時は晩期合併症を意識した治療などもほとんど無かったと思うのですけれども、まぁ、それから考えますと隔世の感があるなぁと思います。現在では、医療の面だけではなくて、それ以降の様々な問題に関してみなさんが真剣に考えていくようになってきたことは大変な進歩なのではないかなぁと思います。今日は「集学的治療を超えて」ということをお話しするのですが、、、

小児脳腫瘍

集学的治療をこえて 小児脳腫瘍の患者さんというのは、発病から、1年くらいにわたる入院治療を経て、病気が良くなって、日常生活、学校生活へと戻っていく。更に大人へと成長していくわけですけれども、こうやって見ると、発病から治療の間というのは、大人になるまでの期間と比べてみると極くわずかで、この後半の部分が非常に長い。従いまして、我々が関わる部分というのはそんなに多くはないわけで、みなさま方の協力というのが非常に重要になってくるというように思います。この過程のなかでどのようなことが起こるかというと、最初病気が分かったときというのは、ほとんどの方がうちの子供が脳腫瘍であるということを信じることを拒否される場合が多いですし、それが受容された場合に不安だとか、絶望だとかになっていくわけです。そして、治療が始まるのですけれども、その段階では一般の方は脳腫瘍のことを知らないわけで、医療情報は不足しています。そして、入院中は治療による苦痛だとか、社会生活からの断絶、こういったことが問題として生じるわけです。そして更に治療が終わっても髪の毛が抜けただとか、ステロイドで肥えただとか、そういった容貌の変化、それから体力の減退、学力の低下ということが見られる場合もあります。これは人によって様々ですけれども、小児がんのなかでも、脳腫瘍というのはその特殊性ゆえに、こういったことが付きまとってくる場合が非常に多いわけです。そして、その後、大人になる、大人になってからもそうなのですけれども、晩期合併症だとか、再発などに対する不安というのが付きまとってくるわけです。この晩期合併症について、患者さん達に知っておいてもらうことが必要なんですけれども、これを正しく伝え、正しく認識してもらうことは簡単なことではないと思います。子どもさんたちに不要な不安は持たせたくないわけで、どうしても周りの大人たちからすれば、子供に心配させたくないと思うのは当然のことかと思います。そこをうまく伝えることが必要で、子ども達は大人になれば自分で生活をしていく必要があるわけですから、ここが重要なポイントになります。そして、社会生活へ適応、そして独り立ちをしていくそういう長い過程があります。しかし、こういった数十年に渡る長い経過で、いろいろな立場の人が関わっていくことで、協力や情報を交換しながら、解決できることもあるのではないかなと思います。

小児脳腫瘍の治療

集学的治療をこえて 小児脳腫瘍の治療に関してもいろいろと問題があると思うのですけれども、まず、適正な治療がかならずしも行われているとは限らないということです。実際、セカンドオピニオンだとか、いろいろなことで来られる方がいらっしゃるわけですが、必ずしも適正な治療が行われているとは言いがたいということもたくさん耳にします。一つはガイドライン治療が遵守されていない。あるいは、病理診断、放射線治療、手術の技術的な問題がある場合も多々あります。特に子どもの脳腫瘍の病理診断というのは非常に難しいものでして、最近うちの病院でもここ半年の間に4,5人の方が転院されてきましたけれども、半分以上の場合で、病理診断が間違っていた。要は病気の診断そのものが間違っていた、ということがありました。このように最初に正確な病名さえついていないという症例も多いわけです。それから、放射線治療というのも、どこでもできるように思えるのですけれども、脳腫瘍の放射線治療というのは非常に高度な技術が必要です。例えば、肺がんだとか、、肺がんもそう簡単ではありませんが、、、そこに放射線を当てるというのと、重要な部品がたくさん詰まっている頭に放射線を当てるのとでは、その危険性とか、必要とされる精度が異なります。そういった意味で放射線治療も高度な技術が必要になります。それから、手術もそうですね。ゴッドハンドというようなことが言われていますけれども、実際、これは腫瘍の種類によりけりですけど、もう少し技術があれば、完全にとれたかもしれないというような場合もあるでしょうし、逆に、手術をしすぎて重篤な合併症を惹き起こしてしまったというようなことも多々あるというように思います。それから、こういったものを妨げるものとして、専門知識が不足している、経験が不足している。なんといっても、小児脳腫瘍というのは多いようですけれども、まれな病気である。小児がんの中で脳腫瘍というのは、一番或いは二番目に多い疾患であると言われていますけれども、実際、脳腫瘍というのは脳にできた腫瘍を意味するだけで、一つの病気ではありません。小児脳腫瘍は非常にたくさんの種類の病気の集まりですので、一つ一つの疾患に関して言うと非常に稀なものということになります。現在、大阪府の人口は800〜900万人ですけれども、それでも、年間発生数は30〜40人くらい、というふうに見積もられます。しかも、今申し上げましたようにいろいろな種類に分かれる。ですから、例えば髄芽腫であったら、年間何人くらいの方が発病するかというふうに考えますと、せいぜい一桁で10人もいかない。もっと稀な腫瘍になりますと、年間一人もないという、そういう状況です。これではなかなか、専門知識だとか、経験を積むといっても無理なわけです。

治療成績の向上に向けて

治療成績の向上に向けて 治療成績の向上ということを考えますと、今後はどうしても治療施設の集約化ということをしていく必要がある。これで考えますと、先ほどの人数から考えますと、人口500万に対して、、、300万がいいのか分かりませんけれども、、、いずれにせよそれ位に対して一箇所程度でよいのではないかなと思います。これだけの人口となりますと、道州制の規模になってくるのではないかと思います。近畿圏は問題ないかもしれませんが、例えば、四国などは4県合わせてもおそらく200万人くらいなのではないかと思いますので、そうしますと、宿泊施設の整備ということも必要になるとおもいますし、宿泊施設もあればいいというだけではなく実際いろいろな経費がかかります。そういったことで生活資金の助成ということもできればというふうに思うのですけれども、少し計算をしてみますと、長距離の移動が必要なすべて小児がん家族に年間100万円を助成してあげても、年間10億もいかない、数億で済みます。日本の医療費の大半は、いろいろ物議がありましたが、、高齢者の方に使われています。日本の小児医療に対する状況は、世界的に見て、特にヨーロッパ諸国と比べると手厚いとは言えない状況ですけれども、この一番大きな理由というのは、日本での高齢者に対する医療費が欧米各国に比べると非常に多いということがあります。それから、医療情報の提供ということも必要だろうと思います。学会、関連団体からきちんとしたガイドラインを策定する必要がある。そして、種々の情報が錯綜しています。こういった情報を整理するためにも、ガイドラインが必要となる。どうしてもガイドラインというのは古いものが多くて改定作業が不十分な場合も多いかと思います。これは我々の責任で、やるべきことであると考えています。

治療開発

治療開発 脳腫瘍の治療というのはある意味、最新の治療をしても限界があります。今後、新たな治療を開発していかなければならないのですけれども、現在、成人癌の分野では新規治療薬というのがどんどん登場してきています。例えば、みなさん新聞で読まれた方も多いと思いますが、肺がんに対するイレッサだとか、慢性骨髄性白血病に対するグリベックだとか、画期的な新薬がでてきています。しかしながら、海外でそういった薬剤の脳腫瘍にたいする有効性が証明されても、国内でなかなか認可がおりず、製薬会社が申請すらしない。小児となれば大人の更に後ということで、ますますという状況です。この一年くらいではアバスチンという新規抗がん剤があります。これは、現在日本では大腸がんにおいてのみ認可されている薬剤で、これは患者さんたちの強い声で早期承認という異例の形で承認された薬剤ですけれども、大腸がんの場合アバスチンが効くのですけれども、残念ながら進行期の方の場合は半年くらいの生存期間の延長というものに留まっています。しかしながら、アメリカで昨年出されたデータでは、いままで平均生存期間が1年と言われていた膠芽腫に驚くべき効果が出たという画期的な報告があります。この薬に関しましても日本で使うためには、治験を行うことが必要になりますけども、この薬剤に関しては、例えばメーカーが小児の治験を行うことは全く考えていません。したがってこれは我々が声を出して、自分達でしていくということが必要になるのですけれども、「メーカーが後ろ向き」と書きましたが、これに対しては我々や患者さん達の声というものが大きな支えになります。ちなみにこの薬剤はだいたい一ヶ月あたりの薬剤がだいたい50万円くらいかかってしまう非常に高価な薬剤ですけれども、小児領域では患者さんの数が限られていますので、メーカーとしてはメリットがない。それに比べて、大腸がんから他の消化器がん、或いは乳がん等の方に適応拡大を検討していますが、患者さんの数が二桁から三桁違いますのでそちらの方ばかりになってしまう。これに対しても我々は考える必要がある。余談になりますが、EUでは、小児適応が通りますと、特許期間が延びるんですね。そういう法律が施行されています。二、三年前からですけれども、そうしますと製薬会社の方も治験を考える。実際、ヨーロッパでは小児を対象としたこのアバスチンの治験が計画されていると聞きます。

長期フォロー

長期フォロー あとは長期フォローということですが、これは先ほど申し上げましたように何十年というスパンの中で医療が積極的に関わる部分というのは最初の3年、せいぜい5年くらいです。それ以降になりますと、長期フォローということになってくるのですけれども、最近、やかましく長期フォローといわれていますが、これは従来から行ってきています。いままでしていなかったわけではなくて、今までもしていたのですけれども、問題はこういうことなんですね。年余を経ると患者さんが来なくなる。「患者さん」というのもおかしいのですけれども。まぁ、元患者さんですね。その大きな理由というのは主治医の転勤であったり、引退であるということです。もう一つは、フォローの必要性が必ずしも理解されていない、或いは、そういう説明を充分にしていない。先ほど申し上げましたように、ご本人に対して、あまり脅かすような説明というのは決してしたいものではなくて、そこを脅かすのではなくてその必要性を説明するというスキルが我々に充分備わっていないということが大きな理由なのではないかと思います。したがって、元患者と主治医というパーソナルな関係に基づくのではなくて、成人病健診のような、、これは私の私案ですけれども、、、メタボ健診で膨大なお金をかけようとしているわけですが、そのごく一部でいいので、成人病健診のような全国どこでも受けられるような健診のシステムを、保健センターや保健所が中心となってやるのがいいのではないかと思うのですが、まぁ、現在のところは医療機関のいくつかをセンターとしてやっていきましょうということになっています。しかしながら、治療ではなくて、健診ということであれば、病院でないほうがどちらかといえば受け入れやすいのではないかと個人的には思っています。実際、最近データがだんだん出てきていますけれども、小児がんを経験された方というのはやはり成人病、心血管障害の発症が早い、ということが言われてきています。特殊なもの以外に所謂、成人病健診というものが必要になるわけです。同時にいろいろな不安、完治していると思える方でも話しを聞いてみると漠然たる将来に対する不安を抱いている場合が多いわけです。そういったものもできれば、サポートしてあげられるようなシステムができればなぁと思っています。

最後に

最後に そして、全体を通じて、医療の受け持つ分野というのはごく一部なわけです。そして多くの部分は、教育、療育、それから家庭です。そういったものが受け持っていく、行かざるを得ないというわけです。こういう我々、或いは教育だとか、いろいろなことに関わる人たちの目的は本来同じなので、力を合わせてやっていけば大きな力になるのではないかなというふうに思っています。なんといっても、我々の声よりも当事者達の声というのが一番大きなパワーになりますし、世の中を動かしていく原動力となります。ということで、過大な期待はしたくないのですけども、そういうことをみなさんに自覚していただけるといいのではないかとふうに思います。オープニングとして、以上、終わらせていただきます。