グリオーマ
大阪市立総合医療センター小児脳神経外科   坂本 博昭

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新しい治療の試み

グリオーマやそれ以外の脳腫瘍に対し、患者に負担が少ない低侵襲の治療を行えるような新しい試みがあります。

4-1 定位的生検

 腫瘍の診断には組織診断が大切であると説明しましたが、脳の奥深いところに発生した腫瘍では一部摘出して標本の検査(生検〔せいけん〕)を行うにも、周囲の脳に影響が出る可能性があります。そこで、CTやMRIを用いて脳の奥深い部分に存在する腫瘍の正確な位置決めを行って、そこに細い針をそっと挿入して標本を取ってくる針生検という方法です。頭の骨を大きく開けて手術するよりは患者の負担は軽いのですが、得られる標本は小さいため、正しい診断ができない場合があったり、針を挿入する部分に出血して脳を壊してしまうような合併症も頻度少ないのですが見られます。また、脳室の中やその周囲では針がずれてしまう可能性があり、大きな血管がすぐ近くにある場所では血管に孔を開けて出血させる危険性があるため、この方法は行いにくい場所です。

4-2 神経内視鏡

図20
グリオーマの図

 定位的生検では脳室部分にはむかないと述べましたが、この神経内視鏡を使えばこの部分の生検が可能な場合があります。腫瘍によって髄液の流れがせき止められて水頭症が発生すれば、頭の骨に小さな穴を開けてそこから、脳神経外科専用の神経内視鏡を拡大した脳室の中に、(図20)の→で示すように、そっといれて内部を比較的安全に観察することができます。また、その時に特殊な器具を用いて腫瘍の一部を標本として生検するころができます。内視鏡の直径は2.5mmから4mm程度ですので、脳室に髄液がたまってある程度脳室が大きいことや、内視鏡は細いので大きな標本は得られません。定位的生検と同じように、全例でうまく組織診断ができるとはかぎりません。腫瘍が脳室の表面から顔を出していないと、どこが腫瘍かわからず、うまく腫瘍の標本が採取できません。また、血管が多い腫瘍では少しかじりとっただけでも出血が止まらず、脳室の中が出血して血液でいっぱいになってしまって、脳に障害を起こす危険性もあります。

 腫瘍が髄液の流れの一部をせきとめて水頭症が発生している場合、神経内視鏡を用いて第3脳室の底の薄い部分に小さな穴を開け、脳室にたまった髄液を脳の表面にバイパスを新たに造ることで、髄液の流れを良くして水頭症を改善させることが可能です。従来では、脳室に中にたまった髄液を取り除く治療として、1,2週間程度の一時的な短い期間では、脳室に細いチューブを挿入して脳室の髄液を体の外に逃がすような外科治療(脳室ドレナージ)を行たり、もっと長期に水頭症の治療が必要であれば、脳室のなかの髄液を腹腔(お腹の中で腸の外側の空間)に少しずつゆっくりながすように髄液シャントを埋め込みます。ドレナージではチューブが頭の内と外をつなぐので、細菌感染の危険性があります。

また、シャントでは腫瘍の細胞が髄液に乗って腹腔の中に転移させてしまう危険性があります。このような欠点を補うために神経内視鏡による治療が選択されるわけです。

 しかし、神経内視鏡を用いた方法は決して大胆な外科的な処置はできなません。危険と判断すれば、神経内視鏡による操作を中止して、頭の骨を十分な広さで開けて手術する従来の開頭術のほうが危険性は少ない場合もあるわけです。神経内視鏡を用いる際には、このような勇気ある「撤退の決断」が術者に要求されます

4-3 ガンマナイフ

ガンマナイフの項目で詳しく述べられています。

4-4 脳磁図

脳の細胞のわずかな電気活動から磁場が発生することを利用して、脳の働きがどこで起こっているかを調べることができます。MRIと組みあわせれば、脳のどの部分に運動や感覚の中枢があるか、けいれんを起こしている脳の病気の部分がどこかをある程度正確に調べることができます。この検査には30分くらいじっとしている必要があるため患者の協力が必要ですが、注射など痛みを伴う検査ではありません。鎮静剤を使ってMRIの検査ができるようであれば可能です。


 (図21)の例では大きな袋状の嚢胞(黒い部分)を伴ったグリオーマで、運動中枢の近くに発生しています。そこで、手術前にこの検査を行うと運動中枢と腫瘍との位置関係がわかり、これを参考にして手術を行います。この部分は中枢に近いので、より慎重に操作をすることができます。脳腫瘍のような脳自体に影響を与える可能性のある手術では、手術用の顕微鏡を用い、肉眼では確認できない神経組織や血管を確認してより安全に手術を行うことが常識となっています。しかし、術中に脳を観察しただけで、ここは大切な部分、ここはそうではないという区別はたいへん難しいことです。そのために後に述べるナビゲーションの方法が用いられます。

図21
グリオーマの図
 手術中に脳に特殊な電極を置いてこれに弱い電流を流して、その反応をみて運動中枢かどうかを調べたり、手足の神経を電気で刺激してその反応が脳のどの部分で見られるかで、運動中枢の位置を決めたりすることが以前から可能でした。最近では、おとなの例で手術中に麻酔を覚まして会話や計算など脳の機能を調べながら、大切な脳の機能の部分が障害を受けていないかどうか観察しながら、腫瘍の切除を行う試みも行われています。全身麻酔をかければ痛みを感じず安定して手術が進められますが、逆に脳に障害が発生しても麻酔を覚まして初めてその障害の症状がわかるという欠点があります。この欠点を少しでも改善しようとしているわけです。

4-5 ナビゲーション

図22
グリオーマの図

 手術の前にMRIなどの情報から、脳神経外科医は手術中のバーチャルイメージを頭の中で合成して手術を進めていく訓練をしています。脳の表面では脳の血管や頭の骨の特徴などから、手術を行っているのがどの場所かは比較的わかりやすいのですが、脳の奥では目印が少なく、いまどこの部分を操作しているのかわかりにくくなってきます。自動車にカーナビがあれば道に迷わずに目的地につけるように、手術中のナビゲーションを行います。手術の前に頭の皮膚にいくつかの目印を貼り付けてMRI検査を行い、この情報から術中にポンターで示せば今どこにいるかがわかります。術中に脳が変形してしまうと術前の情報とのずれが生じるため補正しないといけません。また、頭の骨に固定して位置を合わせますので、1歳までの赤ちゃんでは頭の骨は薄くてやわらかいので固定できないためこの方法が利用できません。

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