グリオーマ
大阪市立総合医療センター小児脳神経外科   坂本 博昭

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視床下部、視神経交叉部グリオーマ


図8
グリオーマの図

 視床下部には水分のバランス、食物摂取の調節、体温など生命を維持するために必要な基本的な働きがあり、また生命維持に必要なホルモンである副腎皮質ホルモン、抗利尿ホルモン、甲状腺ホルモン、それ以外に成長ホルモン、性ホルモンなどの分泌を調節する役目があります。

副腎皮質ホルモンが不足すれば、元気がなくなり、水分や食事がとれず寝込んでしまい、悪化すれば意識がボーっとし、血圧が下がったり体温が異常に上昇したり下降したりします。不足した状態で条件が悪ければ、1,2日で生命にかかわるような重症の症状となります。抗利尿ホルモンは体の水分のバランスと整える役目があります。汗をかいて水分が不足していれば、正常ではのどが渇いて水を飲みたくなり、このホルモンが血中に分泌されて腎臓では尿の水分が体に吸収されて尿の量がへり濃い尿がでます。このホルモンが充分に分泌されなければ、水のような薄い尿が1日何リットルも出ます。そのため水分が不足し異常なほどよくのどが渇き、夜中でものどが渇いて眼が覚めて水を飲むことになります。この部分が障害されればこのような水分の不足を改善することができず、条件が悪ければ数時間で命にかかわる水分不足の状態になりかねません。

成長ホルモンが不足すれば背が伸びない症状がでます。ホルモンのバランスが崩れて、思春期にみられるはずの体の変化(成長が早い、性器が発達する、女児では生理が始まる)が2,3歳と低い年齢で起こることもあります。視床下部には空腹や満腹を感じる中枢がありますので、ひどくやせたり、肥満を起こす場合もあります。視床下部の近くには左右の視神経(ししんけい)が合わさる視神経交叉(こうさ)があり、視覚の障害がでます。そのため、この部分に発生したグリオーマを手術でできるだけ多く摘出すれば、視床下部や視神経の障害による神経症状が術後に残る可能性が高いのです。最近では、腫瘍を出来るだけ摘出するよりも、摘出は標本を得るために部分的な摘出に留め、外科的な摘出よりも化学療法や放射線治療を優先する傾向にあります。

 視床下部に大きな腫瘍が発生すると、すぐ上にある第3脳室を圧迫し、髄液の流れを妨げて水頭症(髄液が頭の中にたまって、脳全体を圧迫する)を起こすことがあります。水頭症の症状は頭痛、むかつき、おうと、元気がない(風邪の症状などはっきりした原因がないのに)など、髄液が頭の中にたまりすぎて頭の中の圧力が高くなるため症状がでます。このように視床下部に発生した大きな腫瘍では、腫瘍の治療と水頭症の治療を行う必要があります。水頭症により脳の圧迫が強ければ、急いで髄液を頭の外に流す手術をして水頭症を治療するか、脳腫瘍を摘出して水頭症の治療をしないと生命にかかわります。化学療法や放射線治療では腫瘍を小さくする効果があっても時間がかかりすぎるため、水頭症を合併している腫瘍では緊急の手術が必要となる場合があります。

 視床下部や視神経交叉付近に発生するグリオーマは3歳以下の小さい子供が多く、また良性のグリオーマが多いとされています。(図9)は5歳時に視力の低下で発見されました。腫瘍を一部摘出し、良性のグリオーマであったため、腫瘍の部分に放射線治療を行い、9年後再発はなく、元気に学校へ通っています。

図9
グリオーマの図

 (図10)は眼が左右に小刻みに勝手に動くという眼の症状で発見された例です。手術で一部摘出した標本から組織診断は良性のグリオーマでした。この例では年齢が1歳以下のため、従来通り放射線治療を行うと副作用が強く出る危険性があったため、ご両親が化学療法を希望しました。化学療法を3回分行い、(図11)の右のように腫瘍の大きさは小さくなり、再増大はみられません。今後、腫瘍が大きくなるようであれば、腫瘍の部分に放射線治療を行う予定にしています。

 標準の治療としては、(図9)で示したように、腫瘍の組織診断ができれば、腫瘍の部分に放射線治療を行い10年から20年間は腫瘍の再発は抑えられるといわれています。しかし、この部分の放射線治療は腫瘍と共に、正常の脳にも照射されるので、何年かしてから成長ホルモンを始めホルモンの分泌低下、脳の動脈が細くなりつまってしまう現象、視神経の障害などが発生することがあります。そのため最近では、(図10)に示しましたように、3歳以下の良性にグリオーマでは化学療法を優先して行う試みが始まっています。しかし、放射線治療を行わずに化学療法のみでこのグリオーマを治してしまうほどの治療効果はないとされており、放射線治療を開始するのを遅らせることが可能であると考えられています。化学療法を行うと、60%程度の例で腫瘍の大きさが明らかに小さくなるといわれていますが、腫瘍の大きさが治療しても変化ない例や、逆に大きくなる場合も報告されています。

この試みはまだ標準治療にはなっておりませんので、もしこの化学療法を希望されるようであれば、治療効果や副作用について医師からの説明を十分に聞かれて納得された上でこの方法を行うことは可能な病院が多いと思います。

図10
グリオーマの図

図11
グリオーマの図
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