臨床試験

大阪市立総合医療センター小児血液腫瘍科  岡田 恵子

1.はじめに

「臨床試験」というとどのようなことをイメージするであろうか?「新薬の治験」「遺伝子治療」・・・。ここでは、「臨床試験」とはどういったものかという一般的な話と、現在我々が計画している脳腫瘍に対する臨床試験についての情報を提供する。

昨今、医療に関する報道も増えてきたが、病気と戦う患者さんの思いはどうであろうか。インターネットなどでありとあらゆる情報が手に入るものの、どれが正しいのかわからず、今受けている診断が正確なのか、治療は正しいのか、あるいは最新の薬はないのか、といささか混乱状態にあるのではなかろうか。しかしながらそこにある思いは、「良い治療を受けたい」それだけであることは間違いないであろう。

それでは、「良い治療」とは何をさすのだろうか。「確実に治る治療を受けたい」「危険の少ない治療を受けたい」これは当然の思いであるが、病気の種類によっては絶対治るとは限らない。しかし、「この治療を受けたら、60%の患者さんは治癒されます」、といったこと(有効性)がはっきりしている治療というのは存在する。

この場合、どれくらいの患者さんに副作用がでるのかということ(安全性)もはっきりしており、こういう治療のことを、「標準的治療」あるいは「ガイドライン治療」という。しかしながら「良い治療」と言った場合、「もっと後遺症が少ない治療が受けたい」とか「60%よりももっと多くの人が治る、最新の治療が受けたい」といった意味もある。こういった場合に「臨床試験に参加する」という選択枝が出てくるのである。(図1)

臨床試験

2.標準的治療と臨床試験

「標準的治療・ガイドライン治療」の意味は、ひとつは最新版の医学教科書に記載されている治療が当てはまる。世界中の多くの患者さんに行われていて、有効性や安全性は確立されている。しかし医学の進歩は早いため、少し古い治療であることもある。例えばひとつの新薬の登場やひとつの医学論文によって、世界の主流が変わってしまうということもよく経験されることで、その場合には、教科書にはまだ記載されていないけれども、世界中で行われているその治療が標準的治療ということになる。それでは、標準的治療ではなく「最新の治療を受けたい」という場合の話に移りたい。最新の治療とは何であろうか。例えば某有名病院の大先生が、新治療を考案したとする。それが、科学的根拠に基づくものであれば、数年後には世界の主流、つまり標準的治療になっているかもしれない。しかし大先生の独断と偏見でしかない可能性もあり、それを第三者が科学的に検証しなければならない。その検証を行うのが臨床試験である。

繰り返しになるが、医療者が日常診療の中で一人一人の患者さんの治療を行っているときに、今まで有効であることがわかっていなかった薬がよく効いたという事は少なからずある。そして、さらにその治療を数人の患者さんに行なったところ大変よく効いたといった場合、これを直ちに標準的治療と呼べるのだろうか。たった数人では、これらの患者さんがたまたま別の理由で治癒したかも知れない可能性は否定できない。つまり、もっと多くの患者さんがこの新治療を受けた時に、本当に有効で安全に行えるかどうかはわからない。そこで、より多くの患者さんに参加していただいて行う新治療の検証、すなわち臨床試験が必要になってくる。

「標準的治療」も、数多くの臨床試験の積み重ねにより、その有効性や安全性が確立されてきたものである。最初に、数人の患者さんの参加で行われる第I相試験で、安全であることを確認する。安全であることがわかった治療のみが、さらに多くの数十人の患者さんの参加によって行われる第II相試験に進むことができる。そこで有効であることが確認された治療法のみが、さらに全国規模の100人を超えるような患者さんが参加する第III相試験を行うことができ、結局トーナメント戦のような形で優勝した治療法が標準的治療になるわけである。(図2)

標準的治療と臨床試験

3.正しい臨床試験

臨床試験は、患者さんに参加していただいて行うものであるから、絶対に患者さんに不利益があってはならず、また科学的な検証を行う以上、医師の権威のために間違った結論に導かれてはならない。よって正しい臨床試験が行われていく過程には、いくつかのチェック機構が働く。例えば、臨床試験の立案は、通常たった一人の独断で行われるものではなく、複数の医師からなる治療研究グループで、最新の医療情報を持ち寄って議論を重ねた上で決定される。

また、実際に臨床試験が始まれば、異なる疾患の患者さんが間違って参加するようなことがないように、診断が正しいかのチェック(中央病理診断・中央画像診断)が行われる。また別の治療法が行われば、そこから得られる結果は間違ったものになるため、実際に患者さんに行われた治療は報告され、またカルテとの照合を行うこともある(監査)。さらに、臨床試験の計画案は、他の分野の医師などからなる審査委員会や、各病院に設けられている倫理委員会の承認を受けなければ実施できない。なお、2で述べたような複数の段階のトーナメント方式を取っているのは、同じく患者さんの不利益を最小限にするという臨床試験の大原則に則っているためである。

これらのことを考えると、一番いい治療を受けたいという患者さんの思いに、臨床試験に参加するという手段は、かなりマッチするのではないかと思われる。何が正しいかわからない医療情報の氾濫の中で、正しい臨床試験で行われる治療というのは、最新の情報をもとにしたものであり、目的もはっきりしている。また、臨床試験で行われる種々のチェック機構(中央病理診断や監査など)は、患者さんが望まれる「開かれた医療」に結びつくのではなかろうか。(図3)

正しい臨床試験

4.臨床試験に参加するということ

つまり「良い治療」を受けたい患者さんにとって、臨床試験に参加する意義というのは、まず一つ目として、最新の治療が受けられるということがある。しかし念頭においていただきたいのは、かなり討議を重ねた上での試験ではあるものの、真に安全で有効かどうかは、その臨床試験が終わってみないとわからない、ということである。但し、かなりの討議を重ねて立案されたものであるから、予想される有効性・安全性と実際に得られる最終結果とは、それほどかけ離れたものではないはずであり、万が一かけ離れたものになりそうな場合には、試験は早期中止される。次に参加する意義の二つ目として、複数のチェック機構が働くことにより、その安全性は担保され、ある意味開かれた医療を受けることができるということが挙げられる。

医療者側にとって臨床試験に参加する意義は、標準的治療の確立に寄与できるということと、医療インフラを確立することができることである。これらは、未来の患者さんにとっても有益である。

5.小児脳腫瘍と臨床試験

ここまでは臨床試験についての総論を述べてきた。ここからは小児脳腫瘍と、臨床試験について述べたい。各先生方による、小児脳腫瘍についての各論・総論にあったかと思うが、小児脳腫瘍の治療には、手術・化学療法・放射線療法のバランスすなわちチーム医療が非常に重要である。

この3つのいずれかが弱すぎても治癒せず、どれかが強すぎると重い障害が残ってしまう。しかし、今までの日本の現状として、小児脳腫瘍の治療に、小児化学療法医つまり小児科医の参画がなく、チーム医療が行われてきたとはいいがたい。さらに、子供で患者さんも少ないということから治療担当医の経験が少なく、また子供であるがゆえに治療バランスの崩れからくる晩期障害も出やすい。結果として日本では、標準的治療や、治癒後のQOL(質の高い生活)まで考慮した、バランスの取れた治療が行われてこなかった。

そこで我々は、脳神経外科・小児科・放射線科がチームを組んで、一番良い医療を受けたいという患者さんの思いにマッチする臨床試験を立案し、この日本の状況を打破して行きたいと考えた。その中で、現在計画中であるのが、小児髄芽腫に対する多剤併用化学療法と減量放射線療法の臨床試験である。

この内容について、次章で詳しく紹介する。

6.小児髄芽腫に対する
多剤併用化学療法と減量放射線療法の臨床試験

臨床試験の実際1
小児髄芽腫に対する標準的治療は、転移がない「標準リスク群」と言われる患者さんに対しては、摘出手術と、化学療法、そして腫瘍のあった部分に54Gy、全脳と全脊髄に転移しないように24Gyの放射線を当てるというものである。これで80%の患者さんが治癒されるが、12歳未満の子供さんでは様々な晩期障害が残ることも多い。転移がある「高リスク群」と言われる患者さんに対しては、転移無しの患者さんよりもさらに多い、全脳と全脊髄に36Gyの放射線療法を行うのが標準的治療で、およそ50%の患者さんが治癒されるが、さらに強化された治療による晩期障害はかなり重いものになる。(図5)
臨床試験の実際2
(治癒率は、世界的に見た数字であり、標準的治療の行われてこなかった日本では、現時点ではさらに低い。)

そこで我々が立案した臨床試験は、3歳以上の患者さんに対しては、化学療法をより強化することで、治癒率を落とさず放射線線量を減量できないかどうか、つまり全脳全脊髄への照射線量を18Gyに減量できないかを検証するものである。(図6)

臨床試験

さらに、3歳未満の患者さんというのは、脳がどんどん発達していく時期であるから、放射線療法の影響は非常に強く出てしまう。そこで、放射線療法のかわりに、化学療法をさらに強化した、大量化学療法という治療を行うことで、晩期障害少なく治癒可能かどうかを検証する。(図7)

臨床試験

つまり、我々が計画している「小児髄芽腫に対する多剤化学療法と減量放射線療法の臨床試験」の目的は、「治癒率を低下させることなく放射線線量を減量し、長期生存患者の晩期障害を軽減してQOLの向上をもたらす」ということである。

言い換えると、脳神経外科・小児科・放射線科のチーム医療によって、今までと同様に治癒し、かつ晩期障害が少ない、よりよい治療バランスを検証するというのがこの臨床試験の目的であるから、この臨床試験に参加する(参加できる)医療機関が全国にひろがっていくことは、小児脳腫瘍の治療に絶対不可欠なチーム医療のできる医療機関が増えていくということを意味する。つまり「チーム医療の確立により、よりよいQOLと高い治癒率を目指す」これが我々の最も根本にある目標であり、(図8)全国規模で、臨床試験の実行に向けて準備している。

臨床試験のまとめ

今回は、髄芽腫の臨床試験について述べてきたが、ほかの脳腫瘍についても、治癒率の向上はもちろんのこと、晩期障害の少ない治療法を模索する臨床試験を行っていく予定である。例えば、より高い治癒率を目指した化学療法の模索(新規薬剤、インターフェロンなど)や、再発時の治療法、晩期障害のより少ない治療法(放射線照射範囲の限局化、線量減量)の模索などである。

7.最後に

臨床試験について、その意義とメリットに重点をおいてここまで述べてきた。もしかすると、臨床試験でなければいい治療が受けられない、と感じられたかもしれない。しかし、臨床試験はあくまでも「試験」であるから、納得のいく説明を聞いた上で、自分の望む治療に近く、参加したいと思う臨床試験であれば参加するというのが望ましい。

臨床試験に参加するかどうかを決めるのは、あくまでも、医療者ではなく患者さん(のご家族)である。臨床試験を正しく行える施設では、「標準的治療」を受けたいと申し出れば、臨床試験の治療ではなく、標準的治療を受けられる。また、たとえ臨床試験に参加しても、途中でやめることは患者さんの自由であることを付け加えておく。


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