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小児上衣腫治療の現在の課題

大阪大学医学部小児科  時政 定雄

1. 背景

 上衣腫は手術にてgross total resection (GTR) できたとしてもその3分の2が再発し、 5年無進行生存率は23−43%とされる難治性の脳腫瘍である。予後不良因子は、低年齢、発生部位がテント下、手術が非GTRなどの場合である。組織型は予後に影響を及ぼさないとされるが、high-grade (anaplastic) はlow-grade (well differentiated) に比べ再発のリスクが高いという報告も多くみられる。放射線療法は、 無作為比較試験はなされていないものの、術後局所照射は予後を改善させると考えられている。 再発はほとんどが局所なので、全脳全脊髄の予防照射は不要である。化学療法は、単剤ではシスプラチンが 34%の奏功率を示したとの報告があるが一般的に上衣腫は化学療法に抵抗性である。多剤併用療法の役割は 各研究によって結論が異なるため不明である。

2. ependymomaのバイオロジー

上衣腫の治療と課題  2005年ependymomaのバイオロジーについて、その起源にまで言及した興味ある報告がなされた。これによると、array comparative genomic hybridization (aCGH) にてependymomaは特徴的な染色体過剰と欠失によってsubsetに 分けることができ、それは患者の年齢、性や組織(classicまたはanaplastic)ではなく、原発部位すなわち supratentorial:ST; posterior fossa:PF; spinal:SP; に相関していた。さらに後頭蓋窩 (PF) のependymomaは3つのサブグループに分けることができた。 PFのサブグループ1はbalanced karyotype、2はランダムにmultipleな gainがみられ、3は1qにgainが集中している。
上衣腫の治療と課題  遺伝子の発現も原発部位別に特徴的な発現パターンがみられた。すなわちテント上 (ST) ではEPHB-EPHRINとNOTCH シグナルシステムに関わる遺伝子が強く発現していた。これらはマウスsubventricular zoneの神経幹細胞の維持に重要な役割を果たしている。Ephは、ephrinをリガンドとする受容体型チロシンキナーゼで、大きくAタイプ(EphA)とBタイプ(EphB)に分けらる。Ephは、ephrinの結合により活性化し、主に神経細胞の軸索の伸長や細胞の進展を抑制するシグナルを伝達する。 脊髄ependymomaでは多数のHOX遺伝子群に強い発現がみられた。後頭蓋窩(PF) ependymomaでは aquaporinとIdの発現が特異的にみられた。Aquaporinは細胞膜の水チャネルで、脳脊髄液の分泌、再吸収などの様々な生理的機能に関係している。Inhibitors of differentiation (Id) はlineage commitmentや神経発生、リンパ球分化、血管新生のタイミング決定などに重要な役割を果たしている。
上衣腫の治療と課題
 ヒトsupratentorial ependymomaに発現している遺伝子はマウスエンブリオ15日の側脳室のsubventral zoneに発現しており、 それ以外のところにはほとんど発現がみられない。Spinal ependymomaに発現している遺伝子はE15のspinal canalに発現している。 興味深いことにsupratentorial ependymomaのsignature遺伝子が強く発現するE11からE15は、正常ependymal cell が radial glia cell (RGC) から出現する時期に一致する。RGCは多分化能を持つ神経前駆細胞のヘテロな集団で、 CNSの部位によって異なる遺伝子発現を示し、異なった働きをする。それゆえ、このRGCはependymomaサブタイプのそれぞれの起源である 可能性があると考えられる。この仮説を証明するためRGC特異的マーカーであるBlbpと、supratentorialとspinalの signature geneであるHoxa9とJag1をそれぞれ同時染色すると、側脳室壁にBlbpとJag1に同時に染まる細胞が存在し、脊髄にBlbpとHoxa9に 同時染色される細胞が存在した。次に腫瘍形成能について調べた。Ependymomaサンプルをsingle cellにして培養するとtumor sphereを形成するものが約0.5%存在した。その表面マーカーはCD133+/Nestin+/RC2+/BLBP+でRGCと一致した。 ちなみに髄芽腫のstem cellと考えられているのはCD133+/Nestin+/RC2-/BLBP-である。
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このCD133+ RGC様細胞は104個の細胞移植で腫瘍を発生したが、CD133- RGC様細胞は2x106個の細胞でも腫瘍は発生しなかったことから、CD133+RGC様細胞が ependymoma幹細胞である可能性が示された。 従来の考え方では共通の幹細胞から部位特異的な遺伝子発現により、それぞれの部位で腫瘍が発生すると 考えられるが、 今回の結果からは部位特異的な幹細胞が存在すると考えられた。

3. ependymomaに対する化学療法

 単剤では、シスプラチンが最も有効と考えられ、Sexauerらの報告によるとシスプラチン60mg/m2/日 x 2日間を3〜4週間毎に行ったところ response rateは20% (15名中3名がCRもしくはPR)であった(Sexauer et al., 1985)。(表 2-1参照)。
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  カルボプラチンは560mg/m2 4週毎ではやや有効性が落ち、2つの異なる臨床試験の結果をまとめると31名中4名のみに反応がみられた(Friedman et al., 1992; Gaynon et al., 1990)。経口エトポシドも期待できる。2つの臨床試験の結果ではエトポシド50mg/m2を連続21日間経口投与したところその奏功率は、 17名の患者で24%であった(Chamberlain, 2001)。その他ではイリノテカン(Turner et al., 2002)、経口メソトレキセートの有効性が示唆されている(Mulne et al., 2000)。
上衣腫の治療と課題
 化学療法は主として術後のアジュバントとして行われ、しばしば放射線が併用された。過去に行われた臨床試験はいずれも規模が小さく結論は得がたい。 無作為比較試験はChildren’s Cancer Study Group (CCG) によるひとつのみで、CSIとビンクリスチン、カルムスチン、プレドニゾロンによる比較的強度の強くない化学療法を行った22名の患者群と14名のCSI単独治療群を比較研究した。OSに差はないものの、無増悪生存率は前者のほうがやや優れていた。
すなわち10年全生存率は40%と35%、10年無増悪生存率は40%に対し29%であった(Evans et al., 1996)。Needleらは19例の小児上衣腫に対して化学療法と hyperfractionated radiotherapyを用いた治療を行い、5y-PFS 74%という高成績を報告した。化学療法レジメンはカルボプラチン560mg/m2+ビンクリスチンと イホスファミド1.8mg/m2 x 5 + エトポシド100mg/m2 x 5の交替療法を2コースずつ行った。(Needle et al., 1997) また、German HIT 88/89 (Timmermann et al., 2000) のように短期集中型のregimenの方が、フランスSFOPのBaby Brain protocol(BBSFOP) (Grill et al., 2001) のような 比較的強度が弱く期間の長いプロトコルより成績はよさそうである。

4. 現在進行中の臨床試験

上衣腫の治療と課題 現行のCOG-ACNS0121研究は、 組織と手術での全摘の可否で治療を層別化している。すなわちGTRできたテント上 (differentiated) ependymoma は経過観察のみ、GTRできたテント上anaplastic ependymomaとテント下anaplasticまたは (differentiated) ependymomaはconformal radiotherapyを行って治療を終了する。非GTRの患者は、組織、発生部位を問わず化学療法を行う。その内容はV/CPA/CBDCAによる 第1コースとV/CBDCA/経口Etoposide (day 1-21) からなる第2コースである。化学療法終了後second look surgeryを検討、second look surgeryの有無にかかわらず、conformal radiotherapyへと進む。
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SIOPは、手術で全摘できた場合、直接放射線療法を行い、全摘できなかった場合、3週以内にビンクリスチン、シクロホスファミド、エトポシドの化学療法を、 4週毎に4コースまで行う。化学療法を完遂してもなお腫瘍が残存する場合、second look surgeryを行うとしている。

5. JPBTCの結果

上衣腫の治療と課題 1998年から2005年8月までの期間に登録された初発19例を対象として検討した。原発巣を摘出後、VCR 1.5mg/m2 x 1、CPA 1g/m2 x 3、CDDP 90mg/m2 x 1、VP-16 100mg/m2 x 5からなる化学療法を5コース行った。放射線療法は、3歳以上の症例のみに行うことを原則とし、 局所照射50Gyを3歳以上の全症例に行い、全脳全脊髄照射 (CSI) 18Gyは、3歳以上で初診時に脊髄転移がある例のみに行うこととした。 さらに3歳未満のanaplastic ependymoma全例と3歳以上で初診時脊髄転移を認める anaplastic ependymomaには化学療法4コース終了後にthiotepa 800mg/m2 + melphalan 280mg/m2による自家末梢血幹細胞救援大量化学療法を行った。
上衣腫の治療と課題  発症時年齢は3ヶ月から12歳 (中央値2.5歳) までで、9例が3歳未満であった。性別は男児15例、女児4例。病理組織はependymoma 9例、anaplastic ependymoma 10例。 原発部位はテント上6例、テント下13例。初診時脊髄転移有りは2例であった。 手術は全摘7例、亜全摘10例、生検のみが2例であった。 局所照射は発症時3歳以上の9例中8例と、3歳まで待機した2例に行われた。
CSIは3歳以上の脊髄転移例1例がその対象となるはずであったが、 家族の希望などのため行われなかった。照射を行わなかった9例中6例が再発した (局所5例)。化学療法の効果は、評価可能な11例中CR3例、PR3例、NR5例 (奏功率 55%) であった。大量化学療法は7例に行われ、評価可能な5例中PR、 NRがそれぞれ3、2例であった。脊髄転移例2例は、何れも放射線治療を受けず 化学療法と大量化学療法により1例はno evidence of disease (NED)、1例はstable disease (SD) を維持している(それぞれ75月、14月)。再発は9例で、 その転帰は再発後の治療で SD に至った者が4例、progressive disease (PD) が1例、死亡4例であった。すべての生存者の観察期間は14−83月(中央値30月)で、 現在無病生存が7例、SD 8例、4例が死亡した。
上衣腫の治療と課題
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上衣腫の治療と課題
 5年無進行生存率は 50% (95% CI; 23−76%)、全生存率は66% (95% CI; 33 −98%) であった。全摘の有無により2群に分けると、全摘群80% (95% CI; 45−100%)、非全摘群38% (95% CI; 7−68%) であった。組織別ではependymoma 63% (95% CI; 22−96%)、anaplastic ependymoma 38% (95% CI; 0−75%) であった。テント上とテント下、発症年齢3歳以上群と3歳未満群間にも有意差はなかった。
化学療法の効果は、anaplastic ependymomaの6/8にCRもしくはPRがみられたが、ependymomaでは3/3がno responseであった。 したがって組織型を治療の層別化に用いることができるかもしれない。 病理組織のcentral reviewが望まれる。

6. 次期治療計画

上衣腫の治療と課題 
 上衣腫に対する化学療法に用いる薬剤はCDDP (もしくはCBDCA) + ETP + CPA (もしくはIFO) を軸に考えるべきと思われる。JPBTCが行ったレジメンは、CPA 3g/m2 + CDDP 90mg/m2 + ETP 500mg/m2 を5コース行うものであり、海外のレジメン以上の量である。JPBTCでの検討では化学療法の奏功率は55%であり、 化学療法が有効な例がある一方、まったく無効である例もしばしばみられた。そこで今回は非GTR群において化学療法が有効かどうかをupfront window (CPA 1g/m2 + ETP 100mg/m2 x 5 + CDDP 90mg/m2) で検証し、有効であれば化学療法を続行するプロトコールを計画した。またJPBTCのプロトコールでは3 - 4コースを経過した頃から骨髄回復が遅延するなどの有害事象の頻度が増加していたことから、レジメンはCPA 1g/m2 + CDDP 90mg/m2 + ETP 500mg/m2とした。これらのことから本研究では3歳以上の患児は、gross total resection (GTR) できたもののうち、テント上ependymomaは観察のみ、 テント上anaplastic ependymomaは局所に55Gyを照射し経過を観察する。テント下はependymoma、anaplastic ependymomaにかかわらず3コースのレジメン Eを行い、55Gyを局所照射する。GTRできなかったものは、原発部位や病理組織にかかわらず、まず1コースのレジメン Eを行い、その効果を判定する。 10%以上の縮小があればレジメン Eを4週毎に4コース追加し最後に55Gyを局所照射する。第1コースのレジメンEによる縮小が10%未満の場合はoff studyとする。3歳未満は、3歳以上の方法に 準ずるが、局所照射は3歳に達するまで待機することを原則とする。
なお髄膜播種や脊髄転移がある3歳以上の上衣腫は「小児髄芽腫/PNETに対する多剤併用化学療法と減量放射線療法のFeasibility試験」に、3歳未満の場合は 「乳幼児髄芽腫/PNETに対する多剤併用化学療法および大量化学療法のFeasibility試験」の対象となる。

まとめと展望

 今回のJPBTC研究は症例数は少ないものの海外の成績と比べ同等と考えられ、本プロトコールは有効と思われる。化学療法の奏功率は55%であるが、 脊髄転移例2例が放射線療法なしで良好な結果を得ていることや、化学療法が著効する例もあることから、さらに症例数を増やして検討する価値があると思われた。

参考文献

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