事務局だより(2006年度)
成人がん・小児がん
「治療の選択」フォーラムを終えて
2006年12月20日
12月17日に治療の選択フォーラムを無事終了することができました。42名の方が参加されました。開催前にパネルディスカッションをどのように進めるかということでいろいろと検討してきたのですが、京大の一戸先生から、質問項目をアンケートにして事前に答えてもらい、その結果を踏まえて討論したらいいのでは、という発案をいただき、また質問項目のたたき台も作成してもらえましたので、8つの質問からなる「治療の選択アンケート」を実施しました。質問1では、「もし自分が、がん(悪性腫瘍)の診断を受けたとしたら、あなたは、以後、治療を受ける施設をどのように選択すると思いますか?」という問いに対して
- 初めに診断を受けた病院でそのまま治療を受ける。 ・・・5人
- がんセンターや大学病院などの専門医療機関を受診する。・・・12人
- 自分で情報を収集した上で、納得できる病院を選択する。・・・23人
- その他 ・・・1人
という回答が得られました。
そして、質問8では、「患者やその家族が、納得できる治療の選択を行う上で必要な情報を主治医以外から入手しようとした場合、それがどのような方法で提供できることが望ましいと考えますか?(複数回答可)」という問いに対して
- 他の病院の医師によるセカンドオピニオン ・・・29人
- 健康保険組合などの電話相談 ・・・6人
- インターネットのホームページ ・・・19人
- 中立的な団体が実施する学習講座 ・・・28人
- その他
・・・2人
という結果になりました。すなわち、がんの診断を受けたとしたら、「自分で情報を収集した上で、納得できる病院を選択する」と考えている人が多く、そして(そのために)必要な情報を主治医外から入手するとしたら、「セカンドオピニオン」、「学習講座」、「ホームページ」などから入手しようと多くの人が考えているといえます。エスビューローでは昨年より医療学習をスタートさせました。その受講者から「納得して治療を受けられるようになった」「治療の選択肢が広がった」などの声が聞かれたことから、上記の結果もうなずけるものがあります。また、医療学習に参加したことがセカンドオピニオンを受けるきっかけになった人もいましたし、ホームページをみて医療学習のことを知り参加した人もいました。電話相談はファイザープログラムの助成を初めていただいた3年前から定着して現在に至っています。こうして考えると私どもエスビューローの活動メニューは、まさに治療の選択を行う上で必要な情報を主治医外から入手できる手段や道具を提供しているのだと分かります。治療の選択をサポートするエスビューローとして今後も皆様のお役に立って行きたい、と改めて感じました。
Membership Groupと
Reference Group
2006年9月23日
一昨日、助成金の審査会で審査委員から「『がん医療学習』というのは、他のところが実施している医療のセミナーとどこが違うのか?」と質問されました。「単発で終わるのではなく連続講座を6ヶ月にわたって実施することで受講者である患者家族の間にコミュニティが発生するのです。」「地域でなかなか同じ病気の人に出会えない小児がんの場合こうしてできたコミュニティは心理的な意味でとても重要です。」と答えたのですが、伝わったかどうか自信がもてませんでした。昨年はじめてこの医療学習を開始し、4ヶ月目のことでした。
3時間をかけて月一回のこの講座に参加してくれる人がいたのですが、その時は松葉杖をついてこられ出席したのです。 「どうしたの〜?」「大丈夫?」「遠いところから大変だったでしょう」…などなど。以前は顔もあわせたことのない親たちが、 まさに学校の「クラスメイト」のように声を掛け合っていたのです。このことはきっと大事な意味を持っていると直感しました。 こうした学校のようなところで人間関係が形成されコミュニティが発達することをどう表現したらいいだろうか? ウィキペディアに一番納得がいく説明がありました。(以下ウィキペディアより引用)学級とは、同一の時間に共同で学習する集団のことである。クラス(class)や組などと呼ばれることもある。学級については、単なる社会集団と異なる面も見られ、学級は、その特殊性から学習集団と定義されることもあり、一般的に教室を拠点とする(ホーム教室)。学級は、 新学年の始めなどの編成当初こそ、在学生が単に機械的に分けられた人間的なつながりの必然性がない集団(所属集団、Membership Group)であるものの、各種の活動にともなって、楽しくて所属することを喜びとするような集団(帰属集団、Reference Group)に変化するといわれる。これは、学級担任の教員や学級の構成員の努力などによるものと考えら れている。(引用ここまで)またこのReference groupについては準拠集団とも表現され「そこに参加できることが憧れと なるような集団」と解説されている。そうなんです。最初はたまたまそこに同席した小児がんの子どもの親たちが、自分の子どもの病状を説明し、講義内容に対して、質問する。そして講義終了後の情報交換会で意見をいい、他の親の話を 聞く。こうした機会を毎月1回共有するうちに、たまたま居合わせたMembership GroupがReference Groupに変容してきたのです。逆に言うならば、私たちの医療学習は単に病気と治療の知識と情報を提供するのみならず、そうした場(class)の 運営を通じて、患者家族同士のコミュニティであるReference Groupを形成する、というところに大きな意義があるといえるでしょう。Referenceとは「参照」という意味です。すなわち他の人の意見や問題点、考え方、解決方法などを互いに参照しあえるグループです。まだ互助的ではありませんが、互参照的とでもいうようなグループです。あるいはグループ全体の価値観が次第に形成され、その集合的な価値観、間主観的な価値観、に準拠して判断するということができるグループ です。そして、このグループの一員となることで深刻な精神的負担を回避したり、困難な治療の選択の判断基準をもつこと ができるようになるのではないでしょうか。医療学習を通じてそんなReference Groupづくりを行っていきたいと思いました。
「特別扱いできない」という遂行矛盾
2006年8月20日
昨日、小児がんの子どもの復学を考えるセミナーを開催しました。その中で分かったことがあります。復学がうまく いかない原因の一つとして、担任教師が「特別扱いできない」という遂行矛盾に陥っているのではないか、ということです。小児がんの子どもは退院してきても抗がん剤治療を一定期間続けることがあります。その場合、感染症のリスクが高いため土いじりや生きものに触ることは避けなければなりませんし、ホコリにも注意する必要があります。
このことから掃除や野外活動は休んだ方がいい場合があります。しかし、時として生徒を「特別扱いしない」ことを美徳としている教師に出会うようです。
そのような担任教師のクラスでは「えこひいきしない」そしてさらに「特別扱いしない」ことを美徳とする価値観がクラスメイトにまで浸透しています。(ケンウィルバーの4象限の左下の間主観的側面)そのコミュニティの価値観のなかで、
復学した子どもは「サボりと思われないか」「えこひいきと言われないか」という不安を抱きますし、実際に「○○ちゃん
だけ特別扱いでずるい」といじめられることもあるのです。そもそも「特別扱い」しないという教師の方針は生徒に対して平等であろうということの現れであると考えられます。しかし皮肉なことに「多少の障害があるからといって特別扱いできない」という考えが「子どもの権利条約」の「守られる権利」(障害のある子どもや少数民族の子どもなどは特別に守られ
る)の平等な享受を妨げるのです。あるいはそのような子どもにも平等に育つ権利(教育を受け、休んだり遊んだりできる)、参加する権利が与えられるべきであるにもかかわらず、「特別扱いしない」ことが、これらの権利を侵害するのです。
すなわち「平等な態度であろう」とすることが「機会の平等を妨げることにつながりうる」という『遂行矛盾』に気付いていないのではないでしょうか?
「どの子も特別」という考え方
2006年8月18日
京都府のある小学校で6年生のクラスの担任の先生にお会いした時のことです。小学2年生の時に小児脳腫瘍を発症
した女の子が今春、卒業するというので、よく配慮してくれたというその若い担任の先生に、インタビューさせていただきました。
(私)「○○ちゃんは体温調節ができない(脳腫瘍の影響で)ということなので、夏の暑い日の体育の時間などは、ずいぶん
気を使われたんじゃないですか?」
(先生)「いや、僕が心配する前にクラスメイトが、○○ちゃん、大丈夫か〜、ちゃんと水飲みや〜と声をかけてくれていたようです。」
(私)「○○ちゃんだけ特別扱いするのはおかしい、という声は上がりませんでしたか?」
(先生)「そんな声はなかったですね。私は、みんな特別だと思っています。それぞれの子が私にとって特別であり、
○○ちゃんだけが特別なのではないのです。」
(私)「だから、どの生徒に対しても、その子に応じた支援や配慮をされているということなのですね。」
この「どの子(に対して)も特別」(にその子に必要な支援をする)という考え方の中にある『平等』(EQUALITY)は、 (どの子に対しても)「特別扱いしない」という考えにある『平等』(equality)よりも、深いのではないかと思います。元来、 「平等」という言葉は「公正」という意味を含むようです。私の専門とする経営分野では「機会は平等に、処遇は公正に」ということが当たり前となっています。すなわち門戸は社員全員に開かれており(平等)、「ガンバリが報われる」仕組みによって賃金、賞与、ポストが処遇される(公正)ということです。この頑張った者と怠けた者を同じように処遇すると悪平等となります。仏教では人間の善悪を公平に裁くところから閻魔大王の別名を平等王(びょうどうおう)とも呼ぶようですが、 ここにも公正さが含まれています。公正の意味を含む『平等』を大文字でEQUALITY、差別なく等しく扱うというだけの 『平等』を小文字でequalityと表現するなら、EQUALITYはequalityを含みながらも、その意味を超えて、equalityにはないもの(公正)をもっているといえます。このときEQUALITYはequalityよりも深いということができます。学校の先生方にはEQUALITYで子どもたちに接してほしいものです。
統合的な医療
2006年7月22日
私がケンウィルバーの著作ではじめに読んだのは「万物の歴史」でした。ホロンに関連した「20の原則」と「4象限」に 「すごい!」と思いました。
4象限とは、左と右を内面と外面に、上と下を個的と集合的の4領域にきったマトリックスです。すなわち左上が
「内面的・個的」左下が「内面的・集合的」、右上が「外面的・個的」右下が「外面的・集合的」をあらわします。
ウィルバーの「万物の理論」では、この統合的アプローチを用いて「統合的な医学」について記述されています。
(以下抜粋)正統的ないし慣習的な医学は、古典的な右上象限のアプローチである。・・・しかしホロニックなモデルは、
あらゆるフィジカルな出来事(右上)には少なくとも4つの側面があり、したがってたとえフィジカルな病気であっても、
四つの象限すべてから見なければならない、・・・身体的な病気であっても、その人の内面の状態(情動、心理的な態度想像および意志の強さ)が原因と治癒の両方に決定的な役割を演じる・・・左上象限がカギになる要因だということである。・・・しかし同様に重要なのは・・・文化(左下)が病気をどう見るか−思いやりや同情をもってか、あざけりや軽蔑をもってか−は個人がどう対処するか(左上)に深刻な影響を与えうるし、身体的な病気そのもの(右上)がたどるコースに
直接影響を及ぼす。・・・右下象限は、・・・実は−他の象限と同じく−病気と治療の両方の原因となる。・・・右下の象限には経済、保険、社会的な分配システム、・・・が含まれている。(抜粋ここまで) エスビューローでは「医療学習」という
右下に位置づけられるシステムを提供し始めました。目的は本来的なインフォームドコンセントの成立、医師と患者のコミュニケーションの促進、患者家族のコミュニティ構築などです。効果は上がり始めているようです。この右下の
「医療学習」は左下に影響し、医師との相互理解の促進に役立っています。また小児脳腫瘍の領域で多くの患者同士の
結びつきを誘発しました。このことが左上の心理状態によい影響を与えています。納得して治療に向えるようになった親の声も聞かれます。
いくつかの例では直接右上(治癒)によい影響を与えました。「治療の選択肢が広がった」ということです。
今後は心理学や病弱教育学、臨床死生学の専門家を交え、より統合的なアプローチを志向していくものと想像 しています。
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