セラピー的諸活動
エスビューローは今年で15年目となりますが、この間、小児がんを取り巻く環境は大きく様変わりしました。それとともに、私たちエスビューローの活動内容も大きく変化してきています。
小児がん経験者は退院後、復学・就職などに向けて頑張っておられますが、その中で「高次脳機能障害」というものが大きな課題であると考えるようになりました。そこで今回エスビューローでは、国立成育医療研究センターより橋本圭司先生をお招きし、ご講演いただく運びとなりました。
以下の内容は、2015年1月10日に実施されたセミナーの内容を、エスビューローでまとめたものです。
なお今回の講演の内容については、橋本圭司先生の著書『発達を支える!子どものリハビリテーション』にもイラスト付きでわかりやすく書かれておりますので、より詳しく知りたい方はぜひそちらをお買い求めください。

高次脳機能障害とは

はじめに、セミナーの参加者全員でセルフチェックを行いました。
意外に思われるかもしれませんが、チェックが多くついた人ほど将来見込みがあると言えます。というのも、高次脳機能障害というのは自分で自分のことを認識する「自己モニタリング」の障害、つまり周囲の認識と本人の認識との間にギャップが存在していることが大きなポイントと言えるからです。
脳がなんらかのダメージを受け症状が出た場合を「高次脳機能障害」と言います。高次脳機能障害の方は全国に約50万人いらっしゃいます。内訳としては、中高年の脳卒中の方が圧倒的に多い。
一方で、生まれつき症状を持っている場合は「発達障害」と言います。文部科学省は2年前に発達障害の調査をしました。全国の小中学生の5〜6%の児童がこれにあたるそうです。人数にすると実に60万人。
また70歳以上の方に多い「認知症」も、軽度を含めると467万人いらっしゃいます。
「発達障害」「高次脳機能障害」「認知症」これら3つは、原因は違いますが症状はほとんど同じです。そして全部合わせると600万人もいらっしゃることになります。ということは、だれの周りにもこうした問題で悩んでいらっしゃる人がいるのではないでしょうか。この話は他人ごとではないのです。
それでは高次脳機能障害の主な行動とその対応について、順番に紹介していきます。

1.疲れやすい

あくびばかりが出る、一点を見つめたまま動かない、目がすぐに疲れる、何事にも余裕がない、動きや反応が遅い、フラフラと不安定に歩く、まっすぐに椅子に座れない、足を床につけられない、特にはげしい運動をしたわけではないのに疲れる。これらは厳密には高次脳機能障害ではありませんが、脳が損傷するとこれらの症状が出やすくなります。専門用語では「神経疲労」といいます。その原因は、「脳に酸素が届いていない」ためであることが分かってきています。
対応:これらは症状なので叱ったりすることは良くありません。神経疲労の症状が出ているということをまず気づいてあげましょう。中には薬の副作用で眠くなるという場合があります。
またシンプルに、椅子が合ってないという場合もあります。過敏になっている場合があるので、椅子のサイズや硬さ、質感なども重要なファクターです。覚醒をあげるために、よしよしよしとさすってあげることも良いですね。
しかし何よりも一番簡単に対処する方法があります。それは深呼吸です。
先ず姿勢を正して上半身をリラックスします。おへその下、指2本分ところの重心(丹田)に意識を持ってきます。下を向いて、もうダメだというくらい息を極限まで吐き切ります。そしたら次に鼻から息を胸いっぱいに吸います。腹式呼吸ですね。これに加えて背筋を伸ばすストレッチ、中心から外にセルフマッサージをすると更に効果が上がります。実際に、ニューヨーク大学リハビリ医学研究所の脳損傷者用プログラム(Brain Injury Day Treatment Program)でも深呼吸が行われています。最先端の方法なのです。
背筋を伸ばすことはとても重要な事です。実際に試してみてください。ダレ〜としている時と姿勢をピンとしている時では視野が違うのが分かりますか?姿勢が正されると視野が広がります。それにより視覚を支配している後頭葉が刺激されるのです。また腹式呼吸による深呼吸にはリラックス効果があります。脳幹網様体系という場所に酸素が供給され覚醒が見込まれます。
またストレッチ、そして「散歩をする」というのも効果が証明されているリハビリテーションだと言えます。一回30分以上週3回以上が最も良いです。「疲労医学講座」というのが大阪市立大学にあるのですが、そちらの先生方は「人間は疲れた時にゴロゴロするのではなく運動した方がむしろ疲れがとれる」とおっしゃっています。「アクティブレスト」と言います。それは、疲労の原因というのが循環の悪さから来ていることが分かってきたからです。ストレッチや運動をすると循環や血流がよくなり、良い効果が得られるのです。これは認知症の予防にも大変良いことです。
自分の症状にうまく対応している人は、何かイラッとした時、爆発させないでこういうことをおまじないのようにうまく使っていますよ。

2.自己抑制ができない( 脱抑制 )

いつもイライラしている、ソワソワして落ち着かない、大声や奇声を発する、してはいけないことと分かっていても行動を抑制することができない、熟慮をして行動できず衝動的である、待てない、小さな事にも腹を立てて忘れられない、許せない、など。
対応:周囲の者は、イライラしている時や大声を出している時に怒ってはいけません。どこまでが症状でどこからが性格なのかの見分けがつきにくいのですが、とにかくリセットしてみることが大切です。リセットする方法としては、「とにかくイラっとしたら口から長く息を吐くようにする」(私も時々会議中にやってみることがありますが効果大です。笑)や、「トイレに行って落ち着かせる」などがおすすめです。頑張ろうとするより、如何にリラックスするかがカギなのです。ゆっくり背中をさすってあげる、共感できる所をしっかりと伝えてあげる、ポジティブに接するということも大切です。

3.感覚過敏

・音に過敏になる、人が近づいてきたら泣き叫ぶ、光をまぶしがる
→対応:環境刺激を少なくしてあげる。戸を閉めたり人を少なくしたり、テレビを消すなど。
・体に触られるのを嫌がる、手をつなげない、芝生や砂の上を裸足で歩けない
→対応:触っても大丈夫な場所を見つけ、そこだけに触れるようにする。
・口に入れたものをすぐに出してしまう、偏食になる
→対応:味覚が変わるため仕方がない事もあります。無理やり口に押し込まないようにしましょう。

4.感覚鈍麻

呼びかけても反応がない、視線が合わない、体に触っても反応が鈍い、転んでも痛がらない、声を出さない、言葉を発しない、熱い物に触っても平気、など。
<子どもへの指導>
フーっと息を吐く、ストレッチする、セルフマッサージを行うなど
<子どもへの接し方>
こちらから視野の中に入る、ジェスチャーを交えて話す、目の前でやって見せる、タッチ・ケアをする、本人にわかりやすいように環境を構造化するなど

5.注意が続かない

いつもボーっとしている、注意散漫、あらゆる妨害によって気が散る、物事に集中できない、会話のキャッチボールが成立しない、言われていることに興味を示さない、話についていけない、さっき言われたことを忘れてしまう、同じ間違いを繰り返す、最後までやり遂げることができない、物事を段取りよく話せない、など。
対応:人間の脳は耳からの記憶の場合、例えば数字ですと7桁までなら成績が良い、という事が分かっています。ですから、ものを言ったり頼んだりする場合は、一度に多くの事を言わずに、5〜7秒以内でひとつひとつ伝えるようにする事が大切です。
このような短期の記憶を「ワーキングメモリー」と言いますが、ここが弱いので、なるべく言うだけではなくて書き出してあげるのがよい方法です。また、ひとつの指示に対して「はい」という返事だけではなく、その後にオウム返しをしてもらうとかなり効果的です。
記憶を鍛えるトレーニングをしてはいけないという先生もいるぐらい、実際には難しい面もあるのですが、記憶についてのちょっとしたお話を。
記憶には大きく分けて2つあります。ただ丸暗記するだけの@「言語記憶」(「暗記記憶」や「エピソード記憶」とも言う)と、からだで覚えるA「動作記憶」(「手続き記憶」「経験記憶」「作業記憶」とも言う)があります。このうち、丸暗記する「言語記憶」には限界がありますが、からだが覚えた「動作記憶」はずっと残ることが分かっています。ですから、同じ作業を「毎日」「繰り返し」すること、五感を使って学ぶということはすごく良くて、これにより動作記憶を鍛えることになります。言語記憶を鍛えるのは難しいのですが、動作記憶は確実に鍛えられるのです。

6.コミュニケーションが苦手

話し相手と焦点が合わない、話が理解できない、語彙が極端に少ない、文字が読めない、文字が書けない、本人は流暢に話しているようでも何を言っているのか周囲は理解できない、など
対応:言葉だけのコミュニケーションは危険です。身振り手振りを交えて話すことや、実際にやってみせ確認をしあうことが大切です。言葉以外のコミュニケーション方法を見つけるのもよい方法です。

7.思考の柔軟性に欠ける

ひとつの事にこだわって次の作業に進めない、物事の優先順位を決められない、同じことを何回も言って考えを変えようとしない、予期せぬことが起こると混乱してパニックになってしまう、2つ以上の作業を同時にできない、1度言われた事にこだわり、行動を修正しようとしない、「適当に」「段取りよく」行動できない、など。
対応:必ず指示はひとつひとつ、なるべく具体的に出すようにしましょう。いつ、どこで、誰が何をどうしたら良いのか?などを箇条書きにするとよいです。本人の意思を尊重するべく自主決定をしてもらうように心がけましょう。例えば「これとこれとこれ、このうちどれにする?」と聞き、本人に決めてもらうことが良い。そして、一度決めた事をなるべく変更しないようにする。

8.社会性が欠如

人との適切な距離感が取りづらい、人と視線を合わせようとしない、など
対応:無理強いせず本人の意思を尊重し、構わず放っておいてあげることも必要です。常々信頼できる第三者を作っておき、困ったら頼る癖、分からない時には質問をする癖、勝手に違う所へ行かない癖をつけておきましょう。本人のできないことを叱るのではなく、できるところを褒めて自信をつけてあげましょう。
ダメな療育者は、口数が多い人と否定する人です。出来る限り「口数を少なく」「肯定的に」を心がけましょう。

リハビリについて

「どうやったら一番早く良くなるのか、その方法やリハビリを教えてほしい」そう思われていらっしゃる方が多いとは思いますが、なかなかそう簡単にはいきません。
私もこれまで17年間たくさんの人をみてきましたが、「長期間外来に通っていただいたから良くなった」とは断定できません。全国的にみて、現在リハビリテーション施設はお年寄りでパンクしているのが実情です。よくできてリハビリは週1回、普通は月1回、中には3か月に1回というのもありますが、3か月に1回なんてのはあまり意味がないのです。リハビリは決して病院でなければできないことではなく、それよりもむしろ家でいつでもどこでもできるトレーニングをすることの方が大事なのです。

タッチケアは有効

神経の流れに沿って、体の中枢から末梢に向かってマッサージします。ストレッチをされる場合は、まずタッチケアで体を緩めてから、そのあとにすると良い。
その中でも私が一番お勧めするタッチケアは「タクティールケア」です。スウェーデンのNICUの看護師さんが考えた、子どもから大人まで対応できる手法です。
1秒間に5センチくらいのスピードで、1か所につき10分くらいかけて、中枢から末梢にかけてゆっくりゆっくりマッサージしていきます。肌に直接でも服の上からでもいいです。とっても気持ちがいいのです。ゆっくりさわると覚醒が下がります。逆に速いタッチをすると覚醒があがります。
体の中には「ストレスホルモン」と「リラクゼーションホルモン」の2つがあります。人間はストレスがかかると交感神経が優位になり、血圧、脈拍があがり、筋肉の緊張が増えます。一方リラクゼーションホルモンの代表的なものがオキシトシンで、これは副交感神経を優位にし、血圧や脈拍を整えたり筋緊張をゆるめ、手足の動きがよくなるのです。そして、されている子どもさんだけでなくケアをしてる方のお父さんお母さんのオキシトシンも増えるのです。双方に良い効果があるんですね。
言葉のコミュニケーションにはある程度限界があります。そこで、タッチケアを加えることによってさらにコミュニケーションの幅を広げることができるのです。

最後に

脳が損傷した事を不幸だなんて思わないでほしいです。僕が出会った患者さんの中で、良くなったなと感じる人は皆さん「感謝してる」とおっしゃいます。「日々する簡単なことがありがたいと思えるようになった」と。
日々ご自分でできることを、感謝しながら頑張ってやり続けてもらえればと思っています。

事前に受け付けた質問と回答

質問1:脳の機能のどこが良くてどこが悪いのかを知りたい。またリハビリをする場合、して良くなるものと、しても良くならないものがあるのでしょうか?
リハビリをした結果、外から見たら良くなったんじゃないかと思っても本人には実感がない、ということがよくあります。実感できないのは、目に見えないからなんですね。検査をしてまずは何がどの程度ダメージを受けているのかというのを知ることが大切です。地域にある管轄の療育センターを訪ねると、相談に乗ってくれるはずです。各都道府県に1件、高次脳機能障害センターも設置されています。
検査で1番有名なのはウェクスラーの知能検査で、世界で最も使用されています。どこが良くて何がダメか、全般的な脳の機能を計測できますが、これは実施に1時間〜1時間半ほどかかって結構大変な検査です。また学習効果もあり、何度かしていると知能検査ばかりが上手になってしまうということも指摘されています。定期的にするのであれば、本当は2年以上空けてやるのが理想です。
お勧めは、私が出している『高次脳機能バランサー』というゲーム感覚でできるソフトです。アマゾンも販売していますのでぜひ買って下さいね(笑)。
記憶といっても色んな記憶があります。先程の私の話の中に何度も出てきました「ワーキングメモリー」というのは注意力に近い、超短期の記憶の事ですが、これに関しては必ず確実に鍛えられます。ワーキングメモリーに関してのソフトは色々な物が出ていますので、それらを使ってトレーニングすればするほど、必ず日常生活で良い効果が出ます。ぜひ頑張ってください。
質問2:体のバランスが取れません
歩けるのであれば、歩くことがとても大切です。地に足が付くとはよく言ったもので、心と体は繋がっています。足が安定すると心も安定します。あなどれません。
先ずは中敷をチェックしてみてください。専門のところで中敷きを処方してもらって足型をとった靴を作ってみられるのもよいと思います。それでしっかり歩いて散歩をしてください。車いすであっても外の空気を吸って酸素を取り込んで下さいね。毎日の散歩は脳に酸素がいきわたるようになるので毎日すると良くなるケースが本当によくある。言葉の出ない人が散歩することによって、言葉のトレーニングよりも効果が出ることもあるのですよ。
質問3:覚醒が悪い
腫瘍が覚醒を制御する脳にある場合はなかなか難しい場合がありますが、代償機能が働き大脳が補ってくれるようになることもあります。それには、何度も繰り返しますが運動をして酸素を取り込むことが基本です。
トレーニングは辛いものよりも、ワクワクドキドキがある方が、ドーパミンがたくさん出て効果が上がります。好きなものが一つでもあるというのはチャンスですから、それをうまく活用したトレーニングを考えましょう。
ルールを作り、訓練をする時間とそうでない時間をはっきりさせる事も大切です。
質問4:カタカナが思い出せなくなる
動作記憶を鍛えましょう。ドリルを毎日してください。字を覚える時に体を使って覚えるのがコツです。それを毎日してください。するとだんだん体を使わなくても自然と出てくるようになります。

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